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廾四 塩名田 鳥井又助

版元:湊屋小兵衛 年代:嘉永5(1852)年6月 彫師:朝仙


Kn24  「鳥井又助」が登場するのは、『加賀騒動物』と呼ばれる、加賀藩主前田吉徳の死後起こったお家騒動を材料とする人形浄瑠璃・歌舞伎の中です。安永9(1780)年9月京都布袋座『加賀見山廓写本』(かがみやまさとのききがき)に始まります。また、岩藤、尾上、お初など、腰元の世界が仮託されたものに、『加賀見山旧錦絵』(かがみやまこきょうのにしきえ)があります(『カブキ101物語』52頁参照)。

 国芳の作品は、多賀大領が、雨中の筑摩川での水馬に際して、多賀家の横領を企てる望月源蔵にそそのかされた鳥井又助によって斬殺される場面です。又助が口にくわえるのが大領の首というわけです。川に流れる笠が殺害がなされた事後を物語っています。標題の鐙(あぶみ)、轡(くつわ)、手綱、馬柄杓は、大領が騎乗していたことの象徴です。「塩名田」が「鳥井又助」になっているのは、地口というよりは、英泉・広重版木曽街道の「塩なた」を見れば判るように、「塩名田」の西側を流れる千曲川と又助の斬殺の舞台・筑摩川とが同名の「ちくまがわ」であるからです。

Kom24  さて、コマ絵の形については、又助の着物の文様にも示される八稜の菱花の意匠もしくはその鏡紋(八稜鏡紋)から来ているのだと思われます。又助が、加賀騒動あるいは加賀見山などの狂言に登上する人物であることから、「加賀」あるいは「加賀見」→「かが(み)」→「鏡紋」と繋がっています。描かれるのは、同木曽街道「塩なた」の風景の手前、宿場に至る駒形坂周辺(駒形神社)の眺めでしょうか。見返せば、流れ山もしくは浅間山外輪山が見えます。

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