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卅 下諏訪 八重垣姫

版元:八幡屋作次郎 年代:嘉永5(1852)年8月


Kn30  「八重垣姫」は、『本朝廿四孝』(『カブキ101物語』178頁)の「十種香」と「奥庭狐火」に登場する、長尾謙信の息女という設定です。長尾・武田両家の絆を強めるため、信玄の子息・勝頼の許嫁となります。しかし、足利将軍の暗殺が起こり、長尾、武田両家にその嫌疑が掛けられ、両家は互いに疑心暗鬼になります。そんな折、勝頼が花作りの簑作に身をやつし、謙信館に忍び込んだところ、謙信に見破られ、追っ手を差し向けられます。驚いた八重垣姫がその事を伝えようとするのですが、諏訪湖は凍っていて知らせることができません。そこで、助けを求めて諏訪法性の兜に祈ったところ、諏訪明神の使いの狐に守られ、宙を浮いて諏訪湖を渡り、勝頼の許に駆けつけることができるというものです。

 国芳作品は、まさにその場面を絵にしていて、諏訪法性の兜を掲げる八重垣姫を、影絵(版元は「朧画」と表現します。詳細は、後述作品四十三参照。)のような狐達が支え運ぶ様を見事に表現しています。おそらく、上社の「建御名方命」(たけみなかたのみこと)が、下社の「八坂刀売命」(やさかとめのみこと)に会いに行った「御神渡り」信仰が物語の下敷きにされていると推測されます。標題の周りは、同『本朝廿四孝』の「奥庭」を表しています。説明を要しないと思いますが、「下諏訪」→「諏訪湖」→「諏訪明神(諏訪法性の兜)」→「八重垣姫」です。

Kom30  コマ絵は、諏訪法性の兜にも付けられている、武田菱です。問題となるのは、コマ絵の中に描かれている川の流れです。英泉・広重版木曽街道の「下諏訪」は、宿場の旅籠風景で参考にはなりません。そこで、国芳の木曽街道のコマ絵を利用した三代豊国『役者木曽街道』を参照すると、「下諏訪 犬飼ノ清水」と題されていて、次の「塩尻」にあった清水を前倒しして紹介しいます。これは、役者絵の「犬飼現八」に引きずられての結果ですが、コマ絵の情景を清水と見る視点は参考になります。諏訪には、街道沿いに「鳴沢清水」があって、岩船観音横から金明水が落下しています。旅人も止まって休息している点から勘案して、その辺りの滝口風景と考えられます。ちなみに、皇女和宮、明治天皇も飲まれた名水だそうです。

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