廾二 小田井 寺西閑心
版元:伊勢屋兼吉 年代:嘉永5(1852)年7月 享和3(1803)年初演の歌舞伎『幡随長兵衛精進俎板』、通称「俎板長兵衛」という芝居があります。そこに登場する幡随長兵衛の敵役が、「寺西閑心」です(『鈴ヶ森』の幡随長兵衛については、『カブキ101物語』146頁参照)。物語は、次の通りです。すなわち、寺西閑心という剣客が幡随長兵衛の家にやってきて、手下の土手助が長兵衛の息子の長松に額を怪我させられたと言い掛かりをつけ、土手助に熨斗を付けて台に乗せ進上し、長兵衛が匿っている白井権八を渡せと迫ります(権八については、作品十一参照)。実は閑心は権八の恋人小紫に惚れていて、権八から奪おうという魂胆なのですが、長兵衛は俎板の上に息子の長松を乗せ、「好きに料理してくれ」と言うので、閑心は長兵衛の侠気に感心して引き下がるという筋立てです。
作品では、髑髏模様の着物を着て立つのが閑心で、台に乗せられ進上されたのが土手助の姿です。「お台」に乗っているので、「小田井」という地口になります。背後の菰樽には、国芳の芳桐、酒樽には版元伊勢屋の意匠が見えます。標題にも、閑心の着物模様の髑髏、骸骨が描かれています。
コマ絵の形は、髑髏をデザインしたものでしょう。描かれる松並木は、英泉・広重版木曽街道の「小田井」が画題とする「かないか原」(皎月原)の構想図にはないものです。おそらく、『木曽路名所図会』巻之四にも記述される、その下り坂の様子などから、ここは小田井の実景を描写するものと考えられます。コマ絵は同木曽街道「追分」の前面に描かれる街道風景と似ていて、これがこの辺り一般の情景なのだと思われます。
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