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廾九 和田 和田兵衛

版元:住吉屋政五郎 年代:嘉永5(1852)年9月


Kn29  「和田兵衛(秀盛)」は、明和6(1769)年12月竹本座で浄瑠璃から歌舞伎化され、初演された『近江源氏先陣館』(『カブキ101物語42頁参照』)で活躍する武将です。なかでも「盛綱陣屋」が有名で、本作品もその一場面を描いています。『近江源氏先陣館』は、大坂冬・夏の陣を脚色して、時代を鎌倉時代に変え、真田信幸・幸村兄弟を佐々木盛綱・高綱兄弟になぞらえ、大坂城幸村方の猛将後藤又兵衛を和田兵衛として登場させています。本作品は、その和田兵衛が敵方となった盛綱陣屋に、生け捕りになった高綱の子・小四郎を救いに来る場面です。したがって、盛綱家臣に取り囲まれ銃を向けられています。なお、陣幕、襖の文様は、佐々木氏の四つ目の家紋ですが、真田氏の六文銭をも暗示しています。

 言うまでもなく、その「和田兵衛」と宿場名「和田」が掛けられています。標題の周りにも刀にくわえて鉄砲が描かれていますが、これは、場面変わって、盛綱が高綱の首実検で嘘の証言をした責任をとって切腹しようとした際、再び、和田兵衛が登場し、鎧櫃の中に潜む、味方盛綱を監視する北條時政(徳川家康)の忍びを鉄砲で撃ち殺すからです。

Kom29  コマ絵の形は、「盛綱陣屋」の話の流れを考えれば、鎧櫃の意匠と考えられます。そこに描かれるのは、英泉・広重版木曽街道の「和田」を見るまでもなく、「和田峠」を見通す風光です。ちなみに、中山道広重美術館資料は、和田兵衛が「四斗兵衛」の異名を持つので、コマ絵の形を酒樽ではと提案しています。結論には賛同しませんが、コマ絵の意匠が何だろうかと述べ合うのが、当時も今も、浮世絵鑑賞の楽しさであることは間違いありません。

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