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廾一 追分 おいは 宅悦

版元:高田屋竹蔵 年代:嘉永5(1852)年6月 彫師:朝仙 摺師:小善亀


Kn21  「おいは(お岩)」とくれば、四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』に登場する人物で、文政8(1825)年7月に江戸中村座で初演されています。実は、四谷怪談が忠臣蔵をその世界とする物語であるということはあまり知られていません。お岩に呪われる民谷伊右衛門は赤穂浪士でありながら仇討ちに加わらず、吉良縁者の婿になるため、按摩「宅悦」が妻お岩に毒を盛ることを承知するという設定で、まさに不忠不義士です。『仮名手本忠臣蔵』では、雪の中で吉良は首を討たれますが、伊右衛門も雪の中で討たれて血を流すことになり、結末は、怨霊信仰に基づいた同じ趣向となっています。後述作品六十五で再び触れます(詳細は、『カブキ101物語』216頁以下参照)。

 作品は、宅悦の毒によって形相が変じたお岩が、隣家に行くため身だしなみを整えようと、鉄漿(おはぐろ)をつけ、鼈甲の櫛で髪を梳くと、髪が抜け落ち、その髪から衝立に血が滴り落ちるという壮絶な場面です。この後、お岩の赤ん坊を大鼠がくわえ去る段があり、それ故、標題の周りは、櫛、掛守り、そして鼠が囲んでいます。「お岩」が「毛」を掴んでいるので、「追分」となります。

Kom21  コマ絵は、やはり、お岩もしくはその恨みのシンボルである鼠をかたどっています。そこに描かれるのは、作品の凄惨な情景とは打って変わって、明月の風景です。ただし、鼠の目のようにも見えますが…。英泉・広重版木曽街道の「追分」は「浅間山眺望」でしたが、すでに「沓掛」で浅間山を描いた当シリーズは、視点を逆方向に取って、東山道と北陸道の別れ道辺りでしょうか、更級(信州)を代表する明月を描いたものと思われます。そのコマ絵と全体図とは、両方とも秋の季節で統一されています。

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