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56.東海道五十三次之内 京都ノ圖 (国貞)

Kunisada056_n1  国貞の美人東海道には、「京三條大橋」の外に、さらにもう一枚「京都ノ圖」が加えられ、計56枚の美人図となっています。画帳に仕立てる際の枚数上の配慮・便宜という形式的理由もありましょうが、大奥の御殿女中から始まって十二単衣の御所の女御で終わる構成を貫きたかった実質的理由もあると思われます。背景は、秋里籬島『都名所図会 巻之一』(安永9年刊)の「内裏之圖」を参考にしていると思われます。加えられた十二単衣の美人図は、後に、源氏絵で一時代を画す国貞ですから、お手のものと言えましょう。これこそ、美人の誉れ高い、小野小町見立てなのかもしれませんし、この一枚を加えることが、美人画の大家・国貞の自負の表れとも考えられます。

 広重の保永堂版東海道は、何よりも、日本橋が大名行列をもって始まった点、そして、城と大名行列ないしは武家一行の描写や本陣の紹介も多々あって、大名や武士生活を描く趣向が特徴的です。その延長線で、幕府権威を直接非難するようなことは避けて、政治や権威とは全く無関係な、たわいのない笑いを旨とする、俳諧・諧謔趣向を貫いています。といっても、広重も浮世絵師ですから、浮世の風俗や流行っている行事などは自然な対応で受け入れ、したがって、『東海道中膝栗毛』の大ブーム、伊勢参りに代表される全国寺社参り、講中旅行や巡礼は、重要なテーマとして採用されています。

 広重の武家的感覚からすれば、江戸日本橋を出発した大名が京三条大橋に到着すれば、シリーズは完結するのかもしれませんが、国貞は、日本橋に町民を描き、京都に御所(天子)を加えて、広重の足りない部分を補足しました。これは、シリーズ各作品全てに亘って言えることで、それ故、広重と国貞の二シリーズを比較することが、さらに広重作品のより深い理解にも繋がるのです。これが、当ブログの基本思考でした。

 さて、広重は意識していなかったかもしれないのですが、版行された東海道シリーズは、結果として、人々の目を、伊勢、近江、京(山城)、浪花へと向けさせることとなりました。実際に、広重も、『東海道中膝栗毛』の続編に従って、弥次・喜多と歩調を合わせ、『近江八景』、『京都名所之内』、『浪花名所図会』の各シリーズを版行していきます。このことは、家康、幕府将軍、東照大権現の世界から、秀吉、天皇家、天照大御神の世界へと意識が移動していくことを意味します。こうして、人々は、武士の都・江戸の他に、皇族・貴族の都・京都、商人の都・浪花があることを自覚するのです。

*掲載作品は、市民の浮世絵美術館蔵です。

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