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49.東海道五拾三次之内 阪之下 筆捨嶺 :坂の下之圖

Kunisada049_n  国貞の美人東海道は、『東海道名所図会』および『伊勢参宮名所図会』そのままに、宿の本陣を描いていますが、この構図がスケールアップされて広重の「關」の参考になった可能性があります。「亀山」が鼓、この「坂の下」が横笛と雅な雰囲気を醸し出す美人描写が増えてきます。大名や公家が宿泊する本陣ということで、良家の上品な美人表現となったのでしょう。

 広重は、副題「筆捨嶺」のとおり、昔、狩野元信が描こうとしたにもかかわらず、天候の変化が激しく果たせず、ついに筆を捨てたという伝説のある岩根山を、『東海道名所図会』より題材に選びました。奇岩と滝筋に古木などが生える風景を主体にした絵組みで、市之瀬村の立場茶屋からその風光を眺める旅人達を組み合わせました。手前に農夫が引く牛を置いたのは、おそらく、急坂を表現し、その坂の下にある八十瀬川沿いの「坂之下」宿を暗示させるものでしょう。「坂之下」自身は、難所の鈴鹿峠の東麓に位置し、宿泊客中心の宿として発展しました。

 茶屋の中では、俳句の一つでも詠もうというのでしょうか、筆と紙を手にする旅人が描かれています。筆を捨てることなく、筆捨嶺に果敢に挑戦しようとする愉快な姿と見てよいでしょう。考えてみれば、幕府御用絵師狩野元信が描けなかった風景を浮世絵師広重が描いたのですから、画中の人物は心情的には広重の等身で、ここに作品の趣向が隠されています。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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