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39.東海道五拾三次之内 岡崎 矢矧之橋 :岡嵜ノ圖

 東海道最長の「岡崎 矢矧之橋」の上を渡る大名行列を中央に配置し、遠景に徳川家康の出生地・岡崎城を描くという、元定火消同心らしく徳川幕府に敬意を払った作品です。家康や幕府と深い係わりのある宿を描く際、広重は冒険せず、先行する作品の構図をそのまま踏襲することが多く、本作品も、『東海道名所図会』と同様の絵組みを用いています。ただし、同図会では大名行列は岡崎城側から橋を渡ろうとしていますが、広重は西から東の岡崎城に向けて一行を進ませました。後述の北斎作品に従ったのかもしれません。

 広重が意識していた北斎に、『諸国名橋奇覧』というシリーズがあります。その「東海道岡崎 矢はきのはし」と題する作品では、橋は弓を彷彿とさせる太鼓橋のような形状であり、また、河原では弓の練習をする武士の一群が描かれ、日本武尊が矢を一万本作ったとされる矢矧(矢作)の里をテーマにしていることが明らかです。対する広重は、岡崎城を描き入れ、大名行列を江戸に向かわせるも、大胆な弓なり構図を避け、伝統構図に身を任せていて、そこには、広重の諧謔嗜好の限界、すなわち幕府に対する気遣い(佐幕心理)が示されています。

Kunisada039_n  国貞の美人東海道は、秀吉(幼名日吉丸)が土豪の蜂須賀小六に槍で突かれ、拾われた伝説の橋を前に、猿回しの美人という、かなり大胆な作品です。三河万歳など、芸能に優れる地域柄から当該美人を持ってきたとも言えますが、「家康ゆかりの岡崎」が「秀吉ゆかりの岡崎」に変わってしまったとも受け取られ兼ねない題材選択で、北斎同様、町人絵師の自由かつスリルのある発想を感じます。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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