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07.東海道五拾三次之内 藤澤 遊行寺 :藤澤圖

 東海道を画中の奥から手前に走らせる構図で、藤沢側から眺めた作品です。遠景に副題にある一遍上人開祖の時宗の総本山「遊行寺」が描かれています。すやり霞と川で画面を三分割する手法で、一種の名所絵かと思われますが、子細に見ると、橋を渡る一行は木太刀を担ぐ大山参りの男達であることに気付きます。江戸の職人達に人気のあった大山石尊大権現へのお参りで、新しい木太刀を奉納し、替わりに奉られてあった木太刀を持って帰ります。橋を渡って、右に進みます。

 手前の鳥居は、江の島弁天の参道入口に建ち、座頭の一行がその道を進んでいます。これは、杉山検校が江の島弁天の霊験から鍼術(しんじゅつ)を会得した逸話を下敷きにしたもので、実際に、江の島は座頭・盲人達に人気がありました。さらに、弁才天は、水神であり、また音楽芸能の神様として信じられていたので、三味線など技芸向上を願う女性人気も多大でした。江戸時代のイケメン五人衆の一人、弁天小僧菊之助の女性人気もその表れです。

Kunisada007_n  国貞は、出掛ける支度をする年増の美人を描いています。おそらく、上述の話からも判るように、江の島参りに行こうかというところでしょう。なお、背景をよく見ると、国貞は、鳥居の前の人物を座頭から大山参りの男達に換えています。大山参りの後、江の島で精進落としをするのが常であった、庶民行楽の流れに従ったものと思われます。国貞の方が庶民性への理解は深いことの一端の表れです。

 これまでのところ、広重と国貞の東海道を比べると、広重は歓楽への接近に慎重で、シリーズを安全に発進させようとの版元の思惑を受けてのことと思われます。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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