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08.東海道五拾三次之内 平塚 縄手道 :平塚圖

 副題の「縄手道」は田と田の間の道、いわゆるたんぼ道を意味します。したがって、広重画中の道は東海道ではなくて、榜示杭辺りから右手=北側に別れて江戸にまで繋がる中原街道かもしれません。平塚宿の西口にあります。榜示杭には、「自是江川太郎左衛門代官所東海道平塚宿」と書いてあります。その杭の右背後の山は、「藤澤」で扱われていた信仰の山、大山です。そして、左の丸い山は高麗寺山(高麗山)で、実際よりも大きく描かれています。その間に富士山が覗いています。

 この作品の主題として、田園風景の中、呑気に歩く空の戻り駕籠の二人連れと真剣に走る飛脚のすれ違いの動静がユーモラスであるとよく言われます。しかしながら、それだけではなくて、やはり、スケールアップして描かれた高麗寺山(高麗山)にも重要な意義があるのではないでしょうか。すなわち、この後の「大磯」に登場する「虎御前」が晩年に移り住んだ場所と言われており、富士の裾野の「曾我の仇討ち」を暗示させる工夫と見てはいかがでしょう。

Kunisada008_n  では、美人東海道を見てみましょう。飛脚は隠れていて、お客を旅籠に案内する身綺麗な女性が美人東海道の版元「さの森」(佐野喜・森治)と書いた提灯を下げています。その先に二匹の犬がじゃれていますが、高麗(こま)に因んで狛犬(こまいぬ)とも読めますし、曾我兄弟とも解せられます。なお、国貞の富士山は、広重とは反対の左方向に描かれています。いずれにせよ、ここでの富士は、霊峰としての富士ではなくて、曾我の富士なのです。翻って、かつて曾我の仇討ちの事跡があったことを念頭において広重の風景を見ると、見知らぬ者同士のすれ違いにも感慨深いものがあります。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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