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36.東海道五拾三次之内 御油 旅人留女 :御油之圖

 「御油」(ごゆ)には街道でも指折りの客引きの留女(とめおんな)がいて、弥次・喜多も振り切るのに苦労し、「ご許されい」と地口を使って逃げたと描写される宿場です。広重は、イメージそのままに「旅人留女」として上梓しました。この作品は特別な区切りになっているのではと思われ、「日本橋」から始まる第一部、「蒲原」から始まる第二部に続いて、第三部の最初の作品に当たると想定しています。なぜならば、旅籠の講中札が全て保永堂版制作に係わる宣伝になっているからです。

 旅籠の講中札を順番に読んでいくと、「竹之内板」「一立斎圖」「摺師平兵衛」「彫工治郎兵ヱ」「東海道贖畫」「三拾五番」となっています。35番は、御油が日本橋を除くと35番目の宿場という意味です。同様の手法は、『木曽海道六拾九次之内 関ヶ原』にも応用され、売店の看板の一枚に「三五」という数字が入れられています。なお、向かいの家の障子には、「大當屋」の文字も見えます。この後も引き続き購入よろしくお願いしますという販売元・制作者一同の強い熱意が示され、シリーズ中の一枚という以上の比重を感じます。

Kunisada036_n  広重作品には、旅籠の窓から、頬杖をして物憂げに街道のやりとりを見つめている女が描かれています。浮世絵を見る者を画中に引き込む、代理の視点として技法的に評価されることが少なくないのですが、その女の状況を考えると、旅人が老婆の差し出す盥の水で足を洗っているのに、その無関心さは、働くものとしていささか空気が読めていない仕草です。国貞もそう感じたのでしょう、旅人の荷物を預かる女中の仕草に改めています。ここが今まで時々指摘してきた、野暮な広重と気のつく国貞との大きな違いです。その原因は、武家出身者と町人絵師との生活感覚の相違にあって、良い評価として広重作品に何か幽玄さを感じるのも、単純に絵師の生い立ちに起因しているのです。

 さて、国貞はと言うと、湯上がり浴衣姿の粋な美人を描いています。湯は旅での大きな楽しみの一つですが、旅籠での休息からの連想でしょうか(次掲「赤阪」参照)。あるいは、宿名「御油」と「後湯」の地口でしょうか。なお、国貞作品の旅籠の看板を読んでみると、「あふら」の他に、「太々講中」「月参講中」「年々参宮講」となっており、伊勢参り(講)に繋がる描写を意識していることがよく判ります。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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