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35.東海道五拾三次之内 吉田 豊川橋 :吉田之圖

 今日、豊橋と言われる地域ですが、豊川に架かった豊川橋(吉田橋)を背景に、普請中の吉田城を描いています。城の背後に富士山を配置すれば、北斎の富嶽シリーズの一枚を彷彿とさせるところです。けれども、広重は、櫓から手を翳して遠くを望む職人を加えて、豊川橋を渡る大名行列を見ている風に構成しました。橋下からは伊勢参りに向かう船も出て、また豊川稲荷への道もあって、当宿場は、陸海の交通の要所として盛況を誇っていました。

 「吉田通れば二階から招く しかも鹿子の振り袖で」という歌や「旅人をまねく薄のほくちかと爰もよし田の宿のよねたち」という里謡が知られているように、遊女も多くいる宿場なのに、相変わらず、広重はそんな様子を全く感じさせない作品となっています。ただし、城普請の櫓の上から職人が大名行列を手を翳して見ているというのは、二階で振られる「鹿子の振り袖」と対比すれば、なかなかユーモアがあると思われます。

Kunisada035_n 国貞の美人は、武家風の旅姿です。広重の背景にあった櫓の上の職人が消されていることを勘案すると、その職人が見ていた橋の上の大名行列に掛けて、武家の子女風の美人を配置したと考えられます。あるいは、櫓の柱に絡みつく職人の姿と旅の杖を持つ美人を重ね合わせているのでしょうか。女性に厳しい「荒井」の関を避けるため、「見附」もしくは「濱松」から東海道を離れた「姫街道」は、浜名湖の北の本坂峠を越えて次の「御油」の手前で合流し、また直接「吉田」に至ります。ということで、ここでは姫街道を旅する美人としておきます。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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