« 29.東海道五拾三次之内 見附 天竜川圖 :見附ノ圖 | トップページ | 31.東海道五拾三次之内 舞坂 今切真景 :舞坂ノ圖 »

30.東海道五拾三次之内 濱松 冬枯ノ圖 :濱松ノ圖

 「濱松」は、その名の通り、松に縁のある土地ですが、広重は、画面の中央に杉の大木を持ってくる絵組みです。その近景から視線を遠くに向けると、杉木立の右手背後には、徳川家康のかつての居城・浜松城が描かれていることに気付きます。その手前に、木札と棒杭が立っているのは、旧跡を表しており、ここでは、将軍足利義教が富士見の途中に名付けた「颯々松」(ざざんざのまつ)の場所です。「ざざんざ」とは、風の音を表しますが、広重の描いた内容は全くの無風の好対照の情景です。木立の左方向には、鳥居があるので、五社大明神か諏訪神社辺りで、かっての三方ケ原の古戦場だと思われます。

 そんな今昔の歴史を背後に置いて、おそらく駕籠かきの雲助が火に当たり暖を取り、菅笠に合羽の旅人がやや距離を保って一服といった姿です。道中、煙草に火をつけることは簡単ではなかったことを思うと、街道での焚き火は大変有難かったに違いありません。また、赤子を背負った女は焚き火の枯葉を集めているのでしょう。冬枯に今日までの歴史を垣間見る、俳諧世界の典型と思われます。杉木立の下での焚き火という構図は、後に、『木曽海道六拾九次之内 軽井澤』の夜景に応用されています。

Kunisada030_n  広重の作品は、「冬枯」に対比される、火の持つ暖かさと人の集まりがテーマです。そこで、国貞も同じ趣向で炬燵の傍らに立ち、手を着物の胸元に入れる美人を描いています。足下の本は、美人の夜更かし風景なのかもしれません。いずれにせよ、季節感に支配された構図です。ちなみに、浜松は飯盛女も多く、大繁盛していた宿場でしたが、広重作品からそんな素振りは全く感じられません。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

|

« 29.東海道五拾三次之内 見附 天竜川圖 :見附ノ圖 | トップページ | 31.東海道五拾三次之内 舞坂 今切真景 :舞坂ノ圖 »

東海道五十三次」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/51514691

この記事へのトラックバック一覧です: 30.東海道五拾三次之内 濱松 冬枯ノ圖 :濱松ノ圖:

« 29.東海道五拾三次之内 見附 天竜川圖 :見附ノ圖 | トップページ | 31.東海道五拾三次之内 舞坂 今切真景 :舞坂ノ圖 »