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20.東海道五拾三次之内 府中 安部川 :府中之圖

 『東海道名所図会』の安倍川の図に登場する関取衆は、広重自身、すでに「奥津」で使ってしまいました。そこで、残った徒行渡しの情景に工夫を凝らして、従者を連れた女三人連れの川渡しを中心とする作品に仕立て直しました。保永堂版東海道に限れば、「小田原」の徒行渡しの改変版と言うことも可能です。一人は肩車で、一人は直接平蓮台で、一人は駕籠を平蓮台に乗せて担がれています。従者の背中には、版元の意匠「竹」とあります。対岸から馬に荷物を乗せたまま渡ってくるのは「馬越し」で、川越人足二人が轡をとることとなっていました。川下で棒を括り付けた状箱を担いでくる人足は継飛脚です。他に、客の荷物を風呂敷に包んで頭に置く人足、客の手を引く人足(手曳渡)など、涼しい風景です。

 安部(倍)川は、府中の西側にあるので、作品は宿場の西側から見ての構図です。背後の山は、静岡の語源となった、賤機(しずはた)山で、浅間神社の杜でもありました。広重は、名物・安部(倍)川餅には全く触れていませんし、府中生まれの『東海道中膝栗毛』の作者・十辺舎一九に何の敬意も表していないようです。考えてみれば、府中は徳川家康の隠居城・駿府城があった場所なので、広重が伝統的題材の範囲を大きく越えないのは仕方がないことです。続きは、次の「丸子」の宿でお話しします。

Kunisada020_n  美人東海道は、両掛けを担ぎ、杖を持つ旅姿の美人ですが、人や荷物を担いでの徒行渡し姿を意識させようとしたのではないでしょうか。「奥津」と同じアイデアです。

*掲載作品は、国立国会図書館蔵です。

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