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冨嶽三十六景・表富士(3)

 『冨嶽三十六景』は、富士を「社」(やしろ)として描いています。その社に祀られている神は、富士講信者の信仰を受けて日神として表現され、また浅間神社の伝統を基礎として水神としても描かれています。前者が「凱風快晴」(赤富士)であり、後者が「山下白雨」(黒富士)です。この「日の恵み」と「水の恵み」の現れ、とくに庶民生活への現れを以下のシリーズで、具体的に描写しています。これが、当ブログの富嶽シリーズに対する評価の視点です。

 上述の視点を前提にすると、個々の作品に「日の恵み」や「水の恵み」の様相が見出されてきます。従来の作品評価の視点は、北斎の構図力、描写力、美術的技法等に傾き過ぎ、作品の意図や趣向の説明には足りないところがあったと感じられます。

Sensu01 たとえば、「深川万年橋下」では、橋の下に、小名木川と隅田川の合流地点の水神世界が描かれていますが、橋の上には、手前に向く日傘を置いて、日の光が近景側から当たっている様も同時に描写されています。それを受けて、小名木川の川面も、日の光にぼかされているのです。

 さらに、「東都駿臺」では、当ブログの写真に見るとおり、大きな荷物を背負った商人が扇子を翳しながら坂を登っています。これも、近景側に日の光が当たっていることを表現するものなのです。それを受けて、坂や崖は明暗法によって明るい色で摺られ、また、川の手前の甍にも光が当たってぼかしが加えられています。扇子がダイレクトに富士を象徴しているのかどうかは自信はありませんが、富士頂上世界と同じ世界が近景にあるというのが作品の趣向です。

 「武陽佃嶌」では、近景の荷物を三角に積んだ富士姿の船、海神を祀る住吉神社、そして富士とが直列する奇景が描かれています。船の舳先や船頭の棹先が富士に向き、富士に繋がる世界がまさに描かれているのですが、同時に、海岸線や島の浅瀬は、日の光に白く描かれています。この状況は「相州七里濱」ではもっと顕著になり、当作品のテーマは光のハレーションと断定しても過言ではありません。

 富士を水の恵みの社と考えれば、「武州千住」の水門越しの富士も、「武州玉川」の川越えの風景も自然に理解できます。前者では、釣り人の竿の糸が富士の山腹に繋がり、大きな富士を見ることができます。後者では、玉川が富士の峰と同系色で一体となった山容を造り、やはり、大きな富士を認めることができます。いずれも、水神で繋がります。

 その例はいくらでも挙げることができますが、個々の作品解説になってしまうので、詳細は過去のブログを参照していただければ幸いです。総括すれば、富士はそれ自身が神々なのではなくて、その社ですから、北斎が実際に近景に表現したように、その内実はいかようにも描くことができるものなのです。この点で、広重が、『冨嶽百景』についてですが、「不二は其あしらひにいたるも多し」と書き表していることには、含意があります。ある意味では、北斎を正しく評価していると理解しています。

 同じ江戸の浮世絵師・広重の評価の当否から、富嶽シリーズを眺め直すことはかなり重要です。私は、富士は社である(に過ぎない)ので、社としての尊崇の念はあるとしても、作品の中では「あしらひにいた」ったと考えています。逆に、富士を背景として、近景、中景に描かれた庶民風情から、当時の富士信仰の内実が読みとれると見るべきでしょう。

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