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裏富士「東海道金谷ノ不二」

Hokusai45 「身延川裏不二」を想起すると、身延道と東海道を入れ換えたような考案で、それ故、流れる川の表現を是非見せたいという北斎の意図が強く伝わってきます。ただし、富士の山容に険しい雰囲気はなく、富士の表の顔が描かれています。

 手前の金谷宿と向こう岸の島田宿の間を流れる大井川は、かなりのウネリを見せており、この大河を渡ろうとする川越人足の心意気が描かれているというものです。対岸の水除堤の描き方が特徴的で、その上から姿を見せる富士は、まるで川越人足に担がれている旅人達と同じようではありませんか。あるいは、川から身を乗り出す人足や旅人とも見えます。富士と川を渡る人々とに共通する姿があるのです。

 東海道を伊勢への道と考えれば、旅人が視線を送る先にある富士への道と交錯する地点を描いた、名所絵ということもできましょう。ただし、それを越えて、大井川の流れを烈しく、ウネリを積み重ねて富士のような大きさで表現したのは、富士世界と旅人、人足などとの共感関係を醸し出すための工夫と考えられます。(富士を水神とすれば、大井川での水被り風景となります。)そのように描く必要のない、たとえば広重の大井川表現とは、随分異なるところです。

 島田宿には「永」の字の旗が立ち、川の中には「壽」と書かれた荷や「山に三つ巴」の商標を染め抜く風呂敷を背負う旅人など、版元西村屋永寿堂の宣伝が散見されます。これは、いよいよ、富嶽シリーズが終わりに近づいた証拠を示すものに違いありません。なお、人物の微細な表現、川面の点描表現などは北斎の技の凄さを示すものですが、それは技法であって絵の本質でないことは、上に述べてきた通りです。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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