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裏富士「甲州伊沢暁」

Hokusai40 甲州街道石和(いさわ)の宿場町風景です。前回触れたように、旅の要素を取り入れた街道物の趣を感じさせる作品です。右手前に小高い山が描かれ、そこから富士を遠望しつつ、宿場町を鳥瞰する構図となっています。この構図は、たとえば、鎌倉山を近景に描く「相州七里濱」などにもすでに見られるもので、作品を鑑賞する者は、頂上世界から世間を見下ろす視点の側にいます。

 石和の宿場の暗さと富士背景の空の明かるさとの対照が作品のテーマなのでしょうか。此岸の宿場の無明と彼岸の富士の光明という観点は、作品理解に一見すると好都合のように思われますが、仏教的色彩の濃いものと言えます。此岸と彼岸との間に距離を設けない富士信仰の観点からは、別の理解があるはずです。

 前出の「相州七里濱」では、海に反射する日の光が捉えられていました。同じ視点で「甲州伊沢暁」を見直すと、富士は朝焼けの中に浮かびつつあり、中景の川面も朝日に白く映え、対岸の木々もはっきりと見えています。そして、近景の宿場町は、街道は暗いとしても、家々の茅葺き屋根は日を受け始めています。全てに亘って、朝日の光が差し始め、まさに「暁」が捉えられているのです。富士の日神たる要素が、主たるテーマであることがよく判ります。

 富士に日の光が当たり、その全容が現われつつあるのですが、宿場から旅立つ人々にも朝日が当たり始めている情景です。旅行く人々も、富士も同じ姿勢の中にあるということです。富士信仰の基本は、この身近な相互関係なのです。宿場を鳥瞰的に眺める視線は、富士頂上からの視線に同一視できるものなのではないでしょうか。

 名所絵あるいは街道物の要素がかなり強い作品なのは事実ですが、広重ならば、手前右下の小山は必要がなく、彼岸への橋も大きく表現されたように思います。こうしてみると、北斎と広重の信仰的感覚には違いがあることを感じます。ともかく、当該作品を富嶽シリーズの一枚に位置づけようとすれば、このような理解に至るのは当然と考えています。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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