« 冨嶽三十六景「甲州三坂水面」 | トップページ | 冨嶽三十六景「山下白雨」 »

冨嶽三十六景「相州梅澤左」

Hokusai16 富士を背景とする群鶴図で、さすがに風景画や名所絵としてよりは、吉祥図として説明する向きが一般的です。しかしながら、北斎が敢えて「相州梅澤左」と実在の地名を冠している以上、「おめでたい絵だ!」の一言で片付けないで、もう少し、分析してみましょう。なお、「梅澤左」に関しては、「梅澤庄」あるいは「梅澤在」の誤りと言われています。大磯宿と小田原宿の間にあります。

 さて、湖沼は水神の聖地として描かれるのが、富嶽シリーズの傾向です。とすると、近景の湖沼は水神の在処を象徴していることになります。「甲州三坂水面」では、水面に白鷹のような紋様が描かれており、それは富士神霊の化身かもしれないと述べました。「梅澤左」作品の水面に立つ五羽の群鶴は、実は、富士神霊の化身(依代)として描かれていると見ることはできないでしょうか。もしくは、そう思わせようとの北斎の魂胆があるように感じられるのです。

 もし、近景の湖沼に逆さ富士が映っていたならば、間違いなく、群鶴は富士神霊の一部となるはずです。『冨嶽百景』に「田面の不二」という作品があり、そこでは、水面に映る富士を五羽の鶴が眺め、またその水面上を二羽の鶴が飛翔している姿が描かれています。おそらく、吉鳥の鶴は富士神霊の居所を暗示する使命を持たされているように思います。今日とは違い、江戸時代では、鶴は各地の湖沼や水田で見られたでしょうが、鶴の降り立った場所には、何か特別の意味があり、「梅澤左」では、富士神霊(水神)の降臨地を指し示しているのです。

 私も表題の「左」という字は誤りだと思いますが、梅澤図の左に富士神霊(水神)が降臨していると考えれば、辻褄は合わなくもありません。富士と鶴の組み合わせは、富士の水神としての本質を思い起こせば、より親和性が生まれてきます。したがって、本作品も、吉祥図を越えて、富士神霊の水神世界を描くものと考えています。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

|

« 冨嶽三十六景「甲州三坂水面」 | トップページ | 冨嶽三十六景「山下白雨」 »

葛飾北斎」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/47557086

この記事へのトラックバック一覧です: 冨嶽三十六景「相州梅澤左」:

« 冨嶽三十六景「甲州三坂水面」 | トップページ | 冨嶽三十六景「山下白雨」 »