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冨嶽三十六景「信州諏訪湖」(2)

 「信州諏訪湖」は、かつて、天竜川に繋がる釜口(出口)に存在した弁天島の背後から、諏訪湖越しに、湖に浮かぶ高島城、八ヶ岳、富士を見る構図となっています。この限りでは、名所絵と言ってもよいと思われます。ところで、当該作品はどこか見覚えのある絵組みのような気がするのです。それは、同シリーズ「甲州石班澤」なのですが、同じく藍摺り作品であることも共通しています。

 「甲州石班澤」の絵組みの特徴は、遠景の富士に相似して、近景の網引く漁師・子供・突き出る岩が富士の三角形を造っているところでした。同様に、「信州諏訪湖」でも、弁天祠と島の小高い岩とが諏訪湖を背景に富士の三角形を造っているのです。しかし、繰り返しになりますが、 「甲州石班澤」には庶民の生活(漁風景)が描かれているのに対して、「信州諏訪湖」では弁天祠が静かに佇むだけなのです。この両者の違いには、どんな意図が隠されているのでしょうか。

 私は、庶民生活が描かれていない富嶽作品は、富士それ自体、つまり、富士神霊そのものが捉えられているのではないかと考えています。遠方の雪を被る富士頂上に対応するのが弁天祠で、それを支える山容全体に対応するのが小高い岩場です。また、八ヶ岳に対応して、祠の二本の松は逆八の字を作っています。弁天島に八ヶ岳と富士を見る一興ですが、重要なのは、富士と弁天祠との関係で、諏訪湖の水を守る釜口の弁天は、富士神霊がこの地に降臨した姿として描かれているのです。

 富士(浅間神社)の祭神は木花開耶姫命ですから、木花開耶姫命が弁天に擬らえられているとも言えます。富士を巡る風景に、湖沼や海をテーマにした作品が多いのも、富士神霊の水神(木花開耶姫命)としての役割が自然と表れた結果ではないでしょうか。諏訪湖は水神の聖地として、富士信仰には重要な所です。そのため、富士八海めぐりの地にも加えられています。

 諏訪の古神は、ミシャグジと呼ばれますが、これはサク(開)の神です。また、富士の木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメミコ)もサク(開)神ですから、富士と諏訪は古代から深い縁があることが想像されます。いずれにしろ、富士信仰は、水神を介在させて、弁天信仰として普及した可能性があることが、ここに示されています。(歴史的には、各地の水神、女神が仏教上の弁財天に包摂されていったと見るべきでしょう。)北斎の『諸国瀧廻り』や『諸国名橋奇覧』も、水神の聖地を対象にしていると考えれば、富士信仰の拡大版として、また続富嶽シリーズとして、一体的に評価できるのではないでしょうか。

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