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冨嶽三十六景「信州諏訪湖」(1)

 本日以降のブログに掲載される富嶽作品は、以前の作品群とはその性質を異にするものです。これから採り上げていく一連の作品は、基本的には、庶民生活が画中に全くか、あるいはほとんど描かれていないのです。したがって、庶民生活の中に富士世界を再発見するという観点では、その趣向をうまく説明できません。では、そこには、どんな作品創作の意図があるのでしょうか。まずは、「信州諏訪湖」を題材にして、先の問題を考えていきたいと思います。

Hokusai13 地元の方に北斎の「信州諏訪湖」を見てもらうと、富士、八ヶ岳、高島城の位置関係から、諏訪湖の水が流れ出る釜口辺りからの眺めではないかとの見方が多いようです。私も方向的には妥当な判断だと思いますが、北斎が描いたと同様の景色は現地には発見できません。英泉や広重など他の絵師の作品にも、同様な風景は見当たらないようです。

 ここには、一つの理由があります。すなわち、当該作品の中央部分に祠が描かれていますが、これはかつて釜口にあった弁天島の弁天社と考えられるのです。同島は、その後、対岸の高島城を水害から守るために掘削されて無くなってしまいました。しかしながら、社は、現在、公園として整備されている釜口水門近くの一角に祀られています。こんな歴史的経緯があって、北斎の創作当時にはあった風景を見つけることができず、その後の絵師も、同じ風景を描いていないということなのでしょう。

 「信州諏訪湖」が、弁天島(弁天社)から富士を望む構図だとすると、湖の水が島(社)の左右に分かれ、島の周りを巡った後、流れは一つになって、天竜川に流れ出していくのだと判ります。当該作品が実景であるとするならば、天竜川の起点・釜口から、高島城、八ヶ岳、富士を遠望する作品です。ただし、北斎の富嶽シリーズは、風景画や名所絵といった範疇には収まらないというのが本ブログの出発点ですので、さらにそこに秘められた北斎の意図を改めて探ってみることにします。

*掲載の資料はアダチ版画です。

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