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冨嶽三十六景「相州七里濱」

Hokusai12  前回までの「信州諏訪湖」と同じく、藍摺りの代表作品です。七里ヶ浜の海岸線を望まず、腰越村をほんの少し見せるだけにして、背後の鎌倉山という小丘陵から、中景の小動(こゆるぎ)岬や相模湾の江の島の向こうに富士を配置する構図となっています。水上コテージ風の家々は現実とは異なり、庶民生活が描かれていない作品群に帰属するものです。此岸の鎌倉山から岬を通じて彼岸の富士に繋がる奇景を絵組みの骨子にしているのでしょうか。『冨嶽百景』の「山亦山」と似た表現と見ることもできます。

 湾内の江の島に注目すれば、弁天の祀られた社として、先の「信州諏訪湖」と同様、富士の水神としての世界を描いている可能性もあります。しかし、富嶽シリーズには「相州江の嶌」という別作品もあるので、ここでは違う視点で「相州七里濱」を分析してみましょう。当該作品では、題名は「七里濱」となっていますが、描かれているのは相模湾です。近景から見えるものは、その湾に反射する日の光なのです。海岸際に少し波が描かれていますが、北斎にしては珍しく、海面は鏡のように表現されています。北斎は、おそらく、この日の光のハレーションを捉えようと思ったに違いありません。

 これは、富士(仙元菩薩)を日神と理解する富士講信者からすれば、言うまでもなく、吉景なのです。富士の日神としての側面が表現されていると見るべきでしょう。七里ヶ浜は、鎌倉鶴岡八幡宮から南西七里、裏鬼門の地です。つまり、「結界の富士」の典型的風景で、そこには、富士の本来の姿、ここでは日神としての姿が表れ出るのです。

 「相州七里濱」では富士の日神としての姿が、「信州諏訪湖」では富士の水神としての姿が、それぞれ捉えられ、日の恵み、水の恵みとして作品に描かれています。ちなみに、北斎『冨嶽百景』の巻頭頁は「木花開耶姫命」ですが、この女神は、その右手に日輪を象徴する鏡を持っています。これは、北斎の意識に、日の恵みと水の恵みの根元としての富士というものがあったことの証でもあります。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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