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冨嶽三十六景「駿州江尻」

Hokusai19  一瞬の突風によって旅人の懐紙や菅笠が舞う様を、連写撮影のように描く傑作です。しかしながら、その点に比重を置きすぎた解説が多く、これだけでは、北斎の意図を十分に説きつくしていないように思われます。富嶽シリーズでは、富士の山裾は左右均等か、あるいは左側の裾が長く描かれるのが通例です。ところが、向かって右側に長く裾が描かれているのは、本作品と「甲州石班澤」位のものです。当然、そこには北斎の隠された意図があると考えられます。(「甲州石班澤」参照。)

 菅笠を飛ばされた旅人の担ぐ天秤棒の荷物は、風の力で浮き上がっています。懐紙が飛ぶのは当たり前、それ程の強風なのです。富士の右山裾の藍色に塗りつぶされた山々も吹き飛ばされそうに見えませんか。かろうじて、富士の山裾に巻き込まれて飛ばされまいとしているのです。そのため、富士の右裾は延びてしまったかのような表現とされています。富士の頂上付近を手などで隠してしまえば、木に結ばれた綱に布が引掛かっているようにさえ見えます。

 富士も、自身あるいは麓の山々を飛ばされまいとがんばり、旅人も、自身や持ち物などを強風に飛ばされまいと一生懸命、この両者の「姿の相似性」が本作品の主題なのです。つまり、同じ姿のものには、同じ精神が宿るという思考によって、近景に展開しているこの旅の日常も、富士神霊の世界の一端となるのです。形象として富士に相似する三角形(△)を使用せずとも、富士前面に富士神霊の世界を具現させることができます。「うろたえる人々と泰然とした富士」との対比ではなく、両者共にひるまず生きている「同じ姿」を北斎は描いているのだと思われます。

 見落とされがちですが、作品の中央付近、白い水面の「婆が池」の傍らに祠が描かれています。東海道江尻宿の西方にある池の祠か、もしくは道祖神の祠のように見えますが、街道を題材にした作品においては、このような庶民信仰の施設が描かれることが多く、北斎は、一つには、その信仰施設を富士の依代として使用している節があります。もう一つには、旅が土地の神仏との出会いと別れであることを示して、土地の神仏から離れても、富士は常に庶民の傍らにいることを明らかにする目的として描き入れているようです。(別の作品で、再び触れます。)

 一本線で描かれた富士には緊迫感、緊張感はありますが、力強さはとくに感じられません。あまりに超然とする富士では、庶民信仰の懐の内には入れないので、この程度の富士表現で良いのだと思われます。なお、近景に立つ二本の木立は、右に傾いています。もちろん、風の表現ではありますが、祠を中心にここに富士神霊の当体である丸(○)が見えませんか?この強風は、富士神霊の当体と庶民がいきなり出会ってしまった結果なのかもしれません…。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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