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冨嶽三十六景「五百らかん寺さざゐどう」

Hokusai33 深川にあった五百羅漢寺からの富士眺望図です。ただし、当ブログの視点は、富士を見る庶民が主役の構図と理解するものです。幾何学的遠近法に従った隙のない構図で、消失点と画中富士を見ている人々の視点とが重ねられ、そこに富士が描かれるという、人によっては作為が過ぎるとも言われる作品です。

 五百羅漢寺の回廊にいる人々が富士を眺めているということは、その視線が富士と繋がっていることを意味します。それは、本浮世絵を見る人には、画中の人々あるいはその回廊が富士(神霊)世界と通じていると感じられるはずです。画中の人自身を富士の依代として利用し、結果的には、五百羅漢寺が富士神霊の降臨場所となったのです。

 さて、五百羅漢寺は木造三階建ての建物で、上の回廊まで螺旋階段を上り下りする構造をなし、その開けた見晴らしが参詣客の人気を集めていたと言います。その寺への富士神霊の降臨を、富士に相似する三角、鳥居見立て、御柱などを使わず、人々の視線によって実現した点では面白い作品ですが、その分、構図に遊びがないと言われる仕儀になったのでしょうか。腰を下ろす巡礼の夫婦、その背後の柱の上部には鳩の巣らしきものが見えていても、少しばかり、絵組みが決まりすぎているかもしれませんね。

 富士の見える高層の建物は他にも少なからずあったと思います。にもかかわらず、北斎が五百羅漢寺を選択したことには、遊び心があってのことではと思います。つまり、この三層の建物は、「さざゐ」、すなわち、栄螺(さざえ)と呼ばれているということは、意味における富士に相似する三角であり、土ではなくて木造の富士塚と考えられるのではないでしょうか。螺旋階段を上って最上の回廊に向かう行為は、富士登山、富士塚を登る行為と同じなのです。

 五百羅漢寺という宗教施設を、富士信仰の依代、富士塚に再利用するという手法は、「登戸浦」において、登渡神社の鳥居を富士の鳥居に見立てた手法と同様の考案です。このような理解からすれば、当該作品も、作為的構図を越えて、相当の遊びがあるのではと思います。いかがでしょうか。ともかく、五百羅漢寺には、女、子供も行くことのできる、富士登山体験の場があったことは間違いなさそうです。 

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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