冨嶽三十六景「江戸日本橋」
徳川幕府の都市計画の真髄を見せる風景です。日本橋川の両岸に並ぶ蔵が透視遠近法で描かれ、その消失点・一石橋から上に、千代田城、富士を積み重ね、その部分については東洋的三分的遠近法に従っています。また、川の右岸の蔵並は、厳格には透視遠近法には従わず、途中で建物がスケールアップして東洋的遠近法との折衷と言えます。
画法はともかく、日本橋からの典型的眺めであって、多くの浮世絵師も描いている、いわば官製の風景です。ただし、子細に観察してみると、右岸の船の舳先は、千代田城ではなくて、富士に向いているようです。この辺りに、富士と庶民生活を強く結びつけようとする北斎の意図の片鱗を発見できるのですが、手前に描かれる、日本橋の上を行き交う庶民と富士とが何となくよそよそしく映ります。なぜなら、橋の上の人々は、富士を見るわけでもなく、といって城に目を向けるわけでもないからです。
そもそも、日本橋は擬宝珠以外ほとんど描かれていないのです。「深川万年橋下」と対比すると、言わば「日本橋上」とでも名付けたほうがよいような作品です。富士(神霊)世界は、下町の橋の下にこそあって、御上の橋の上にはないとでも言うのでしょうか。はじめは私もそのように理解しつつも、四民平等を謳う富士信仰を絵画的に表現する冨嶽シリーズにはいささかそぐわないとも感じていました。
そこで、もう一度作品を見直してみましょう。そうすると、近景の雑踏の庶民を底辺に、日本橋川の石垣が二辺を成して、大きな富士に相似する三角が発見されます。船上の人々、荷物を積み降ろす河岸の人々、そして橋の上の人々も、そのほとんどがこの三角に収まってしまうのです。庶民生活が富士世界に包摂されていることが、絵画的に明確に表現されています。おそらく、冨嶽シリーズ中、最大の浮世に見つけられた三角(△)だと思われます。こうして、「日本橋上」にも、富士(神霊)世界があることが判ります。
富士が遠くから庶民生活を見守っているどころか、庶民が富士の一辺(底辺)を形作っているというのが、北斎のメッセージなのだと思います。
*掲載の資料は、アダチ版画です。
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