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冨嶽三十六景「甲州三嶌越」

Hokusai17 北斎の『冨嶽三十六景』に「甲州三嶌越」と題する作品があります。当ブログにアダチ版画を掲載しておきますが、中央に大木が聳え、背後に富士を従えた絵組みの妙を示すものです。よく見ると大木の本には三人の旅人がおり、手を伸ばして幹の太さを実感していることに気付きます。

 さて、この作品を見た信州(長野県)の人々は、おそらく、諏訪大社の御柱を思い起こすに違いありません。2010年が、その御柱祭の行われる年に当たりますが、巨木に神の降臨を信じる素朴な信仰心に基づいています。この巨木に対する信仰心は、信州の人々に限らず、日本人の深層心理に共通の感情であることは異論がないと思われます。したがって、当該の北斎作品を理解するに当たっては、この信仰心を基底に置かなければなりません。

 中央の大木が神の依代(よりしろ)と解されるならば、その神は富士(神霊)であり、旅の人々は大木を通して富士(神霊)に触れていると見るべきなのではないでしょうか。おそらく浮世絵を見ていた当時の江戸庶民は、旅人と一体となって、大木を依代として富士に触れている感覚を持ったものと思われます。この作品の面白さは、その大胆な構図性だけにあるのではなくて、富士に触れるという体感にあると確信しています。

 このような視点に立つと、北斎は、遠景の富士の方ではなく、近景の庶民生活の方に強い関心を持っていて、実はこれこそが『冨嶽三十六景』共通の趣向なのではないかと考えられます。浮世絵は、この世(浮世)の絵ですから、当然、近景のこの世の方に力点があるはずですし…。

 以下に、思いつくままですが、この北斎『冨嶽三十六景』に内在する共有の作品意図を探っていくつもりです。なお、北斎は、「富」ではなく、「冨」という漢字を使用しています。おそらく、縁起の良い奇数(陽数)の画数を選んでのことと考えられます。そこで、題名は北斎の用法を尊重して、また副題についても誤字等も含めてそのまま引用することとしました。以上、よろしく、ご了承下さい。

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