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冨嶽三十六景「遠江山中」

Hokusai20 三角形(△)が富士を象徴する形象だと判ると、北斎の『冨嶽三十六景』の構図に潜む謎が次々と読み解けてきます。「遠江山中」は、まさに三角形多用の絵組みです。巨大な材木に乗って木挽きをする職人は、実際の富士よりも高い所で仕事をしているかのように描かれ、本人は無心に鋸を引いているのかもしれませんが、浮世絵を見ている庶民からすれば、富士の峰に立っていると感じられるのです。

 材木を支える二本一組の柱も三角形で、したがって、この地が富士世界であることが示されているのです。後々触れる予定ですが、二本の柱を二組立てる構図は何回か利用されており、その一方から富士を覗かせるのは北斎定番の構図です。おそらく、富士を祀る鳥居の役目を果たしているのだと思われます。

 実際の富士を取り巻く雲の流れと焚き火から立ち上る煙は、明らかに対照されていて、この場所が富士世界であることを一層明確にしています。ゴザに膝を付けて材木の下から木挽きをする男、画中左で目立てをする男のみならず、その隣で子守りをする女、そして火の番をする童、全ての者が富士世界に生きているのです。富士は女人禁制ですが、浮世の富士世界では、女・子供もその世界の住人なのです。

 当作品を実景のスケッチと考えると、こんな不安定な足場の仕事風景はありえないとか、楔(くさび)が打ち込まれておらず実際には鋸を引くことができないはずだとか、いくつかの描写批判が生まれてきます。しかし、「遠江山中」に見つけた富士神霊の世界を物語っているのだとすれば、先の批判は見当違いということになります。また、この作品については、鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の『近世職人尽絵詞』からの借用であるという評価が下されることもしばしばですが、山中における職人達の日常生活に富士神霊世界を見つけ出すところに力点があるのだとすれば、趣向が全く違うということ、つまり、引き写しではないということに帰着するはずです。

 ちなみに、この巨大な材木を御柱と見ることもでき、その場合には、木挽き職人の行為は富士神霊を我が物にする神聖な儀式となります。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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