冨嶽三十六景「江都駿河町三井見世略圖」
「東都浅艸本願寺」と同様、屋根と富士の三角の相似形を用いた構図です。三角形が富士を象徴することが判れば、瓦職人達が富士の頂上世界にいることを趣としていることは容易に理解できます。瓦職人は決して高い身分ではありませんが、その人々も等しく富士の世界に抱かれているというメッセージが、この作品には込められているようです。
同趣旨の浮世絵がなぜ再び描かれているのかを推論してみれば、おそらく、東本願寺だから富士神霊が降臨するというのではなく、商家の屋根でも同じく富士世界に包摂されうることを明確にしているのではと思われます。さらに、東本願寺に見立てられた「三井見世」(越後屋)にとっては、江戸屈指の呉服店としてのプライドをくすぐられるという宣伝的効果もあったことでしょう。したがって、三井見世を本願寺に擬えたという意味で、「略図」(やつしえ)という題名になっているのだと思われます。
「東都浅艸本願寺」の作品の場合、西方極楽浄土というイメージと江戸の西方にある富士とが重なり、富士の方に関心が向かってしまうこともありましょうが、「江都駿河町三井見世略圖」では、そのような宗教的先入観がなく、まさに、屋根の上の瓦職人の世界にこそ富士世界が見出されます。
本作品では、瓦職人が屋根の富士側で仕事をしており、また中景の凧も富士の方向に揚がり、視点が富士方向に移動する工夫がありますが、これは、浮世絵を見る庶民の視点が三井の屋根から出発することを物語っています。しかも、凧には「壽」という文字が描かれ、富士に視点が移る前、ちゃっかり、版元永寿堂の宣伝をしているのです。浮世側に視点が置かれて初めて、「現金掛け値なし」の呉服屋・越後屋の宣伝ともなるのです。(揚がる凧も、ひょっとすると富士の峰をかたどっているのかもしれません。)
*掲載の資料は、アダチ版画です。
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