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冨嶽三十六景「深川万年橋下」

Hokusai04  鳥居越しに富士を見る、所謂「鳥居見立て」の構図の代表作品です。作品の技術的観点では、先行する河村岷雪『百富士』「橋下」の発想や、北斎の文化年間の洋風版画的試作「たかはしのふじ」などの積み重ねの結果生まれたものと判断されましょうが、冨嶽シリーズの一枚としては、その構図の意図をさらに説明しなければならないでしょう。

 深川万年橋を富士の鳥居と見立て、その場所を富士神霊の世界と見なし、生活する庶民を富士世界に包容せしめようという作意です。遠近法的には、遠方の火の見櫓を消失点としてはいますが、信仰の中心点は富士であって、それは橋の下に浮かぶ舟の舳先が富士の方向に向いていることからも確認できます。既述しましたが、善光寺の回向柱と同様、各舟は富士神霊と見えない金糸で繋がっているということです。さらに、橋の上から二人の男が舟の方向を覗いており、ここにも視線の繋がりが広がっています。

 万年橋の上、中央やや左に、藍色の日傘が描かれています。これは、橋の手前上空から日差しがあることを物語るものです。万年橋に神霊が光臨しているかのような印象を与えるための考案ではないでしょうか。また、万年橋自体が太鼓橋として弧を描いているので、日輪のようにも見えます。いずれにしろ、北斎が注視しているのは、庶民が生活するこの近景にあることがよく判ります。ちなみに、浮世絵には描かれていない橋の手前の日輪、橋の上の日傘、そして橋向こうの火の見櫓という具合に、日=火で繋がっているのは、富士神霊を日神に見立てる富士信仰に基づいている可能性があります。あるいは浅間神社の祭神「木花開耶姫命」が、日=火に縁することを意識しているのかもしれません。

 さらに、富士浅間(仙元)の「千」と万年橋の「万」と読みとれば、鶴と亀のお目出度い対比図と見ることもできます。ところで、同シリーズ「江戸日本橋」では、「深川万年橋下」とは異なって、橋の下が完全にカットされています。そこには、何か、寓意がありそうですね。お楽しみに。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「武州千住」

Hokusai07  「武州千住」は、「遠江山中」「登戸浦」に続く、鳥居見立ての構図作品と理解しています。意外に思われるかも知れませんが、画中の右側に描かれる綾瀬川の水門を二組の鳥居と見れば、その一方から富士を望む、北斎お得意の絵組みです。こうして、この千住の地域が富士神霊の降臨する場所であることを謳っているのです。

 馬を引く農夫と水門近くで釣りをする二人とは、富士を見上げ何やら会話をしているようです。その視線によって、ここと富士とが結ばれていることを、北斎は重ねて主張しているのだと思います。近景は水門前の庶民生活、中景は綾瀬川と隅田川に挟まれた田園風景、遠景に富士を配置し、豊かな農村生活が実は富士(神霊)の御利益であるかのような印象を与えてくれます。

 よく考えてみれば、「遠江山中」では山村の材木を木挽きする風景でしたし、「登戸浦」では漁村の潮干狩りを中心とする風景でした。富士神霊に触れるということは、具体的には、庶民にとっては収穫等の恵みに与(あずか)ることを意味していたのだと考えられます。

 なお、千住の地は、富士信仰の人々(富士講)の拠点の一つで、冨嶽シリーズでは、その他にまだ二点、富士を背景に千住の景色が北斎によって描かれています。その意味からも、富士信仰と冨嶽シリーズとは深い関係があり、信仰的観点から、北斎の描く構図や絵組みを理解する必要があると強く感じます。それ故、御柱(依代)、富士に相似する三角形(△)、鳥居見立て、さらには善光寺の回向柱に類する視線の結びつきなど、従来とは異なる視点から冨嶽シリーズを見直しています。

 追記すれば、左端で釣りをする男の釣り糸は富士の左の峰に続いているように描かれています。とすれば、この釣り人と富士とは直裁に繋がります。また、手前で馬を引く農夫の綱は、富士に対して逆三角形の「逆さ富士」を造っています。(ここまでは、考えすぎでしょうか?)

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「登戸浦」

Hokusai25  「遠江山中」の説明に際して、二本一組の柱を二つ立てる構図が北斎には時々あると言いましたが、今回の浮世絵もそれで、大小二つの相似する鳥居を絵組みの中心に据える作品です。大きい方の鳥居からは、富士が望めます。

 この鳥居は、現在の千葉市にある、登渡(とわたり)神社のものです。したがって、その神社の鳥居として神の在りどころを知らしめるのが、本来の役割です。ところが、視点を変えると富士山の鳥居でもあることが絵の趣とされているのです。つまり、絵の中の登場人物達は登渡神社前の海岸で潮干狩りなどをしているのですが、浮世絵を見る庶民には、富士山前の海岸で潮干狩りをしていると映るのです。

 「遠江山中」の作品でも、二本の大きな柱の間から富士が望めました。「登戸浦」と対比すれば、そこでも述べましたが、その柱は富士を祀る鳥居に見立てられていたことが理解していただけたことでしょう。この鳥居見立ての絵組みは他にもありますので、この後、改めて触れたいと考えています。

 さて、画中の鳥居が富士山の鳥居でもあると考えると、潮干狩りをしているこの場所は二つの神社の結界が交錯するところとなります。これも、後日、何度か触れることになりますが、北斎には結界の交錯を作品の中心に置く構図が少なくありません。いずれにしろ、「登戸浦」では鳥居が富士神霊の降臨手段として使われており、同時に、その富士世界では、男達、母や子、女達も生き生きと現在できうることが描かれています。遠くの富士ではなく、近くの海岸にこそ、北斎の描きたい庶民生活が展開していて、それがこのシリーズに共通する主題です。

 ちなみに、この登渡神社には富士塚が存在すると言います。とすると、登戸浦は二つの富士に守られた、庶民にとっては極めて縁起の良い海岸ということになります。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「甲州犬目峠」

Hokusai08  舟越しの富士図をいくつか続けて見てきましたが、今回は、甲州街道犬目宿の峠越えの富士です。『冨嶽三十六景』刊行を動機付けた出来事として、江戸・関東一円に流行した富士塚の建設が挙げられます。言い換えれば、庶民に広がった富士を身近に体験してみたいという機運です。

 この富士を身近に体験したいという思いは、人工の富士塚でなければ果たせないものでしょうか。ここに、北斎と版元の工夫がありました。すなわち、一般には富士塚と思われていない様相の中に、富士塚、富士の神霊世界を見つけ出して、それを浮世絵を見る庶民に指し示そうとしたのです。したがって、富士を背景とする近景にこそ、趣向の面白さが注がれているのです。

 当作品の場合、峠を登る旅人、馬を引く馬子は、江戸時代の日常行為の一様相に過ぎませんが、実は、富士に登る富士信仰の修行と同一視されているのです。犬目峠という自然の富士塚に登り、日常の生活の中で富士を体験している庶民が描かれていますが、この浮世絵を見た者には、日々の生活に富士信仰上の意味付けがなされるという効果ががあります。

 冨嶽シリーズにおける富士に相似する三角形(△)の使用は、浮世に富士世界を造形する信仰的考案から来ているのだと思われます。背後の富士は、芝居絵の書き割りと同様、この舞台が富士世界であることを見立てさせる道具に近い存在ではないでしょうか。本作品では、もちろん、峠が富士に相似する三角として応用されています。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「武陽佃嶌」

Hokusai11  「上総ノ海路」「常州牛堀」に続いて、三枚目の舟と富士を対比する作品の紹介です。近景に七艘の舟、中景に石川島と佃島、そして遠景には富士が姿を覗かせています。

 いつものように、三角形の相似形を見つける前に、富士と舟との違う観点からの結びつきをお話しします。描かれている七艘の舟のカーブする舳(へさき)や船頭の繰る棹先が富士に向かっていることです。富士と舟とが見えない綱で結ばれているかのような構図なのです。

 当ブログで「甲州三嶌越」について解説した際、諏訪の御柱の話に触れましたが、ここでは、善光寺のご開帳から関連する事柄を拾ってみます。ご開帳の間、善光寺の本堂前には回向柱が立てられます。実は、この柱と前立本尊との間には金糸(紐)が張られ、回向柱に触れることは、前立本尊にも触れて、その御利益を得ることと同じ意味を持って受け取られているのです。回向柱が仏様の依代の役割を果たしているのですが、北斎の「武陽佃嶌」の作品では、富士と海上の舟とが視線の流れで結ばれ、舟が富士神霊の受け皿となっている感覚に襲われるのです。したがって、荷物を運ぶ者、釣りをする者、海路を旅する者など舟上の全ての人々は富士と繋がり、富士の世界に抱かれ、富士神霊の御利益を受けるということが語られる仕立てなのです。

 そのうえで、手前の三角形に荷物を積む舟に目を向ければ、そこには日常の中の富士(塚)が見えてきます。近景の舟上の富士、中景の佃島(住吉神社)、遠景の実景の富士とが一直線上に並び、「武陽佃嶌」の作品は、安寧な神々の世界を描いたものであることが浮かび上がってきます。庶民としては、こんなお目出度い浮世絵は是非買い求め、飾りたくなるのではないでしょうか。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「常州牛堀」

Hokusai15  早朝の霞ヶ浦を行く苫舟が描かれています。先の「上総ノ海路」と比べると、舟が対角線方向に位置し、動きのある構図と言えます。その点で、美術的には、一段上の藍摺り作品です。しかし、三角形を使って、庶民が生活する浮世に富士世界を展開する趣向においては、同一のものと位置づけられます。

 苫舟は、風雨を防ぐためにすげやかやを編んで作ったむしろをかぶせた舟のことですが、その被せられた草の形が富士の雪と対照されていて、そこに浮世の富士が描かれていることが判ります。舟上にある三角形(△)=世事の間に出入りする二人は、もちろん、降臨する富士神霊と触れる者で、米のとぎ汁をこぼす様は白糸の滝に見立てられているのかもしれません。その音に驚いて飛び立つ白鷺の羽音が聞こえてきそうです。舟上での暮らしが垣間見えていて、その生活風景が富士の一景をなしているのです。

 苫舟の屋根が富士のようなのではなくて、富士が苫舟の屋根のようなのです。浮世絵を見る視点を、近景から遠景にもっていくのが、浮世絵を見る庶民視点の移動順序なのではと考えています。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「上総ノ海路」

Hokusai24 江戸に荷物を運ぶ木更津船です。船を横幅いっぱい描いた単純な構図のように見えます。しかしながら、帆を張る綱や帆布を見ると多くの三角形が組み合わされているのが判ります。背後の富士は、その中の一つの三角に捉えられています。

 富士を三角形に象徴させ、その三角形のある場所に富士の神霊を降臨させるのが、富嶽に共通する手法であるという立場から導き出されることは、この二艘の木更津船は富士世界と一体化しているということです。船の窓から人の顔が覗いていますが、富士の石室にでもいるかのようで、富士神霊に守られているという安堵のメーセージがこの絵から伝えられます。

 遠くの富士も船の帆の一部のようであり、実際の富士と船上の三角とを対比させる絵組みであることは、言うまでもありません。富嶽三十六景の解説において、庶民生活を富士が遠くから眺めているという言葉がしばしば使われますが、富士神霊は庶民の傍ら近くにいつもいるのです。浮世に富士世界があるという、より具体的な表現が富嶽三十六景の主題なのではないでしょうか。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「甲州石班澤」

Hokusai14_2  画面中央の岩場の上に網を打つ漁師を配し、その傍らには魚籠(びく)を見守る童がいて、孤高な人間像を感じさせる作品です。この浮世絵のどこに、富士の象徴である三角形が隠されているのでしょうか?

 漁師の打つ綱に注目していただくと、漁師の右手の綱が直線に延び、漁師を頂点にそこに富士の三角形が見えてきます。網を打つ行為が神業となって、富士を出現させているのです。富士に似た形なのではなくて、富士と見なければならないのです。富嶽の共通のテーマは、浮世への富士世界の具現化です。とすれば、当然、漁をするこの岩場に富士の神霊世界があることが判ると思います。漁をする者、それを手伝う童にとっては日常の何でもない行為が、それを描いた浮世絵を見る者には、富士世界を構成する、仙人の神業のように、また神童がいるかのように見えるのです。背後の富士が単純な一本線で描かれており、漁師の打つ網のようにも見えます。この両者の対照が、当作品の狙いであったはずです。

 富嶽三十六景という題名に引きずられて、富士の景色がシリーズ化されていると考えてしまいますが、実は、日常の中にある富士(神霊)世界が重ねて描かれているのです。浮世を描く浮世絵の本質からすれば、当然の視点ですが。三角形を重ね合わせる北斎の構図も、少なくとも、美術的技法だけから発想されたのではなく、富士信仰の表現として自然に生み出されたものでもあったと考えています。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「遠江山中」

Hokusai20 三角形(△)が富士を象徴するものだと判ると、北斎の富嶽三十六景の構図に潜む謎が次々と読み解けてきます。「遠江山中」は、まさに三角形多用の絵組みです。巨大な材木に乗って木挽きをする職人は、実際の富士よりも高い所で仕事をしているかのように描かれ、本人は無心に鋸を挽いているのかもしれませんが、浮世絵を見ている庶民からすれば、富士の峰に立っていると感じられるのです。

 材木を支える二本一組の柱も三角形で、したがって、この地が富士世界であることが示されているのです。後々触れる予定ですが、二本の柱を二組立てる構図は何回か利用されており、その一方から富士を覗かせるのは北斎定番の構図です。おそらく、富士を祀る鳥居の役目を果たしているのだと思われます。

 実際の富士を取り巻く雲の流れと焚き火から立ち上る煙は、明らかに対照されていて、この場所が富士世界であることを一層明確にしています。ゴザに膝を付けて材木の下から木挽きをする男、画中左で目立てをする男のみならず、その隣で子守りをする女、そして火の番をする童、全ての者が富士世界に生きているのです。富士は女人禁制ですが、浮世の富士世界では、女・子供もその世界の住人なのです。

 当作品を実景のスケッチと考えると、こんな不安定な足場の仕事風景はありえないとか、楔(くさび)が打ち込まれておらず実際には鋸を挽くことができないはずだとか、いくつかの実景批判が生まれてきます。しかし、遠江山中に見つけた富士神霊の世界を物語っているのだとすれば、先の批判は見当違いということになります。また、この作品については、鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の『近世職人尽絵詞』からの引用であるという評価が下されることもしばしばですが、山中における職人達の日常生活に富士神霊世界を見つけ出すところに力点があるのだとすれば、趣向が全く違うということ、つまり、引き写しではないということに帰着するはずです。

 ちなみに、この巨大な材木を御柱と見ることもでき、その場合には、木挽き職人の行為は富士神霊を我が物にする神聖な儀式となります。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「江都駿河町三井見世略圖」

Hokusai31 「東都浅艸本願寺」と同様、屋根と富士の三角の相似形を用いた構図です。三角形が富士を象徴することが判れば、瓦職人達が富士の頂上世界にいることを趣としていることは容易に理解できます。瓦職人は決して高い身分ではありませんが、その人々も等しく富士の世界に抱かれているというメッセージが、この作品には込められているようです。

 同趣旨の浮世絵がなぜ再び描かれているのかを推論してみれば、おそらく、東本願寺だから富士神霊が降臨するというのではなく、商家の屋根でも同く富士世界に包摂されうることを明確にしているのではと思われます。さらに、東本願寺に見立てられた「三井見世」(越後屋)にとっては、江戸屈指の呉服店としてのプライドをくすぐられるという宣伝的効果もあったことでしょう。したがって、本願寺を三井見世に当てたという意味で、「略図」(やつしえ)という題名になっているのだと思われます。

 「東都浅艸本願寺」の作品の場合、西方極楽浄土というイメージと江戸の西方にある富士とが重なり、富士の方に関心が向かってしまうこともありましょうが、「江都駿河町三井見世略圖」では、そのような宗教的先入観がなく、まさに、屋根の上の瓦職人の世界にこそ富士世界が見出されます。

 本作品では、瓦職人が屋根の富士側で仕事をしており、また中景の凧も富士の方向に揚がり、視点が富士方向に移動する工夫がありますが、これは、浮世絵を見る庶民の視点が三井の屋根から出発することを物語っています。しかも、凧には「壽」という文字が描かれ、富士に視点が移る前、ちゃっかり、版元永寿堂の宣伝をしているのです。浮世側に視点が置かれて初めて、「現金掛け値なし」の呉服屋・越後屋の宣伝ともなるのです。(揚がる凧も、ひょっとすると富士の峰をかたどっているのかもしれません。)

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「東都浅艸本願寺」

Hokusai18 近景には浅草にある東本願寺本堂の大屋根が描かれ、遠景には富士が見えるという北斎得意の構図です。中景には、櫓が立ち、そして凧が揚がる市中の風景が雲間から覗いています。ほとんどの解説書は、富士と本堂の三角の相似形が作品の中核をなすと説明しています。

 確かにその通りですが、なぜ三角の相似形が重ね合わされているのかを、さらに絵解きする必要があるのではないでしょうか。そして、そのヒントは、江戸で流行った富士塚にあると考えています。富士塚は富士山に似せて造った塚ですが、その塚に詣ることは、実際の富士に登山し、お詣りすることと同じ意義があると当時理解されていました。つまり、同じ形の物(もの)には、同じ霊(もの)が宿るという心情が根底にあるのです。

 したがって、この庶民心情から先の作品を見れば、手前の本堂の大屋根は、富士塚と同様に富士の神霊を宿す場所なのです。と考えれば、屋根の上で瓦職人が補修の作業をしていますが、これも北斎が意図的に描き入れたことが導き出されます。屋根の上で仕事をする瓦職人は、本堂大屋根という富士塚の頂上付近にいることとなり、それは、富士の頂上に登山しているのと同じ理なのです。

 この作品は、東本願寺の本堂大屋根からの富士の風景を描くことに重点があったのではなくて、大屋根で仕事をする瓦職人がいつのまにか富士世界と一体化しているところに構図の面白さがあるのです。近景の浮世にこそ、富士の神霊世界が展開されているのです。よく見ると、左の二人の瓦職人は、(瓦の)雲の上にいるかのように描かれています。

 三角の相似形は、富士神霊をこの浮世側に降ろすための表現方法と考えると、富嶽のその他作品にも、同様の絵解きのできるものが多数あることに気付きます。

*掲載の資料は、アダチ版画です。

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冨嶽三十六景「甲州三嶌越」

Hokusai17 北斎の『富嶽三十六景』に「甲州三嶌越」と題する作品があります。右にアダチ版画を掲載しておきますが、中央に大木が聳え、背後に富士を従えた絵組みの妙を示すものです。よく見ると大木の本には三人の旅人がおり、手を伸ばして幹の太さを実感していることに気付きます。

 さて、この作品を見た信州(長野県)の人々は、おそらく、諏訪大社の御柱を思い起こすに違いありません。来年が、その御柱祭りが行われる年に当たりますが、巨木に神の降臨を信じる素朴な信仰心に基づいています。この巨木に対する信仰心は、信州の人々に限らず、日本人の深層心理に共通の感情であることは異論がないと思われます。したがって、当該の北斎作品を理解するに当たっては、この信仰心を基底に置かなければなりません。

 中央の大木が神の依代(よりしろ)と解されるならば、その神は富士(神霊)であり、旅の人々は大木を通して富士(神霊)に触れていると見るべきなのではないでしょうか?おそらく浮世絵を見ていた当時の江戸庶民は、旅人と一体となって、大木を依代として富士に触れている感覚を持ったものと思われます。この作品の面白さは、その大胆な構図性だけにあるのではなくて、富士に触れるという体感にあると確信しています。

 このような視点に立つと、北斎は、遠景の富士の方ではなく、近景の庶民生活の方に強い関心を持っていて、実はこれこそが『富嶽三十六景』共通の趣向なのではないかと考えられます。浮世絵は、この世(浮世)の絵ですから、当然、近景のこの世の方に力点があるはずですし…

 以下に、思いつくままですが、この北斎『富嶽三十六景』に内在する共有の作品意図を探っていくつもりです。

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