冨嶽三十六景「深川万年橋下」
鳥居越しに富士を見る、所謂「鳥居見立て」の構図の代表作品です。作品の技術的観点では、先行する河村岷雪『百富士』「橋下」の発想や、北斎の文化年間の洋風版画的試作「たかはしのふじ」などの積み重ねの結果生まれたものと判断されましょうが、冨嶽シリーズの一枚としては、その構図の意図をさらに説明しなければならないでしょう。
深川万年橋を富士の鳥居と見立て、その場所を富士神霊の世界と見なし、生活する庶民を富士世界に包容せしめようという作意です。遠近法的には、遠方の火の見櫓を消失点としてはいますが、信仰の中心点は富士であって、それは橋の下に浮かぶ舟の舳先が富士の方向に向いていることからも確認できます。既述しましたが、善光寺の回向柱と同様、各舟は富士神霊と見えない金糸で繋がっているということです。さらに、橋の上から二人の男が舟の方向を覗いており、ここにも視線の繋がりが広がっています。
万年橋の上、中央やや左に、藍色の日傘が描かれています。これは、橋の手前上空から日差しがあることを物語るものです。万年橋に神霊が光臨しているかのような印象を与えるための考案ではないでしょうか。また、万年橋自体が太鼓橋として弧を描いているので、日輪のようにも見えます。いずれにしろ、北斎が注視しているのは、庶民が生活するこの近景にあることがよく判ります。ちなみに、浮世絵には描かれていない橋の手前の日輪、橋の上の日傘、そして橋向こうの火の見櫓という具合に、日=火で繋がっているのは、富士神霊を日神に見立てる富士信仰に基づいている可能性があります。あるいは浅間神社の祭神「木花開耶姫命」が、日=火に縁することを意識しているのかもしれません。
さらに、富士浅間(仙元)の「千」と万年橋の「万」と読みとれば、鶴と亀のお目出度い対比図と見ることもできます。ところで、同シリーズ「江戸日本橋」では、「深川万年橋下」とは異なって、橋の下が完全にカットされています。そこには、何か、寓意がありそうですね。お楽しみに。
*掲載の資料は、アダチ版画です。
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