« 竹篦太郎(2) | トップページ | シカ注意! »

竹篦太郎(3)

 ジェイムス夫人が訳出した縮緬本『竹篦太郎』では、人身御供を強要する妖神(怪猫)を退治するために奔走するのは、若い勇者です。そして、勇敢な犬・竹篦太郎は、その勇者が近在の首領から一夜借りてきたとあります。日本書紀に記述される足往(あゆき)を原形にする物語です。この物語の背後にあるのは、大和朝廷と各地方勢力との攻防の歴史ではないかと思われますが、光前寺縁起の場合には、若者は旅の僧に、竹篦(早)太郎の所有者は光前寺に特定され、仏教的説話に再構成されています。

 見付天神の老狒狒の有様がまるで雷鳴や落雷を彷彿とさせるのは、(見付)天神がはじめ祟りの「雷神」であったことが影響しているように思われます。他方、竹篦(早)太郎が疾風と同義だとすると、こちらは風の神、つまり「風神」ということになります。両者の闘いは、雷神と風神の闘いとなり、山は嵐です。そして、結果は風神が雷神を地に叩き落とし勝利しますが、風神は光前寺からの使いですので、これは光前寺、つまり仏教側の勝利を意味します。

Saigoku6  竹篦太郎伝説を骨格とする光前寺縁起をもっとよく理解するために、ここで、仏教の力(御利益)で雷神を退散させた説話を紹介しておきます。それは、『観音霊験記 西国順礼第六番 大和壺坂寺』に関する、「神取栖軽」の話です。すなわち、風雨雷電激しい折、雄略天皇より「雷神を捕り来るべし」と命ぜられた小兵部栖軽が、壺阪寺の方に向かって普門品を時念すると、寺より異光がはためき、さしもの雷も地に落ち、栖軽はそれを生け捕りして王宮に献じたというものです。この所以によって、「神取栖軽」と呼ばれるようになったといいます。

 大和壺坂寺から異光がはためき雷神が地に落ちたという、観音の御利益を謳うものですが、光前寺はまた「光苔」で有名なお寺でもあり、「光」にゆかりがあるのです。見付天神(雷神)を押さえるには、異光を放つ光前寺でなければならないことがよくわかります。

 光前寺と見付天神とは、天竜川を介して北と南に位置し、犬と猿、風神と雷神、異光(光苔)と雷光といった具合に対立関係があり、光前寺が見付天神に結界を張っているような感があります。竹篦太郎伝説を読み解くつもりが、地域のこんな歴史的関係性をも浮かび上がらせてしまったようです。

|

« 竹篦太郎(2) | トップページ | シカ注意! »

浮世絵・文化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197953/42746774

この記事へのトラックバック一覧です: 竹篦太郎(3):

« 竹篦太郎(2) | トップページ | シカ注意! »