竹篦太郎(2)
日本で最初と思われる犬の話としては、「日本書紀」の垂仁紀に「あゆき」という犬が登場します。簡訳すれば、「昔、丹波国の桑田村に名を甕襲(みかそ)という人がおり、その甕襲の家に足往(あゆき)という名の犬がいた。この犬が山のむじなを食い殺したところ、獣の腹に八尺瓊(やさかに)の勾玉(まがたま)があった。」ということで、甕襲が、三種の神器ともなった八尺瓊勾玉を献上した件を語っています。竹篦太郎伝説では、光前寺縁起を別として、登場する犬は「丹波の犬」とされることが多いのですが、これは、たぶんこの「あゆき」の話が原形になっているからだと思われます。
次ぎに、縮緬本に採用された「竹箆」(Schippei)という言葉に注目してみます。これは、たけべらの意ですが、とくに、禅で用いる竹製の棒、瞑想する者の気のゆるみを戒め、気合いを入れるために肩を打ち、師家が学人を指導する際に用いる法具のことです。長さはほぼ、70cm~1mほどで、割竹を弓形に曲げて藤を巻き漆を塗って作られるそうです。つまり、犬の名が竹篦太郎とされた時点で、仏教的視点で話が再構成されたことを示唆しています。
では、光前寺縁起を例にとって、神話的視点と仏教的視点の両方から、この話を分析してみましょう。
「天地鳴動(地ひびき)して怪神が現われ」、もしくは「山内鳴動(山の方で地ひびき)して、妖怪が現われ」、「両者の格闘の響き声がものすごく聞こえ」、そして「長い格闘の末、静かになり」(見付天神HP参照)と記述されています。怪神の正体は年経た狒々とされていますが、この登場の描写は、山に轟く雷鳴と落雷と考えられないでしょか?何よりも、見付天神は元々は雷神です。とすれば、見付天神の人身御供の習俗も、雷神の怒りを鎮めるための行為ということになります。雷神が怒ると山が荒れ、その結果は大雨・洪水、あるいは日照りなど天候の乱れを生みます。人身御供も、洪水等を鎮めるための人柱かもしれません。なぜならば、見付は、暴れ川天竜川流域にあるからです。
ここに旅の僧侶もしくは修行僧(雲水)が現れ、光前寺から犬を借りてきて、雷神たる狒狒を退治するのですが、従来の人身御供という神を慰撫するという方法ではなく、仏法の力で雷神を退散させる新しい方法を実践し、そして成功するのです。(実際には、仏教に伴う治水技術の指導などが洪水を防いだのかもしれませんが。)その仏法の象徴が、天台宗光前寺の早太郎であり、仏法具の竹篦の名を有する犬なのです。ちなみに、光前寺のある信州駒ヶ根は、見付からはまさに天竜川北方上流に当たります。
古来の日本神話をベースとする話に、後に、仏教側が布教のため仏法優位の論理を組み入れたのが竹篦太郎伝説であり、そして、その一つの応用編が光前寺縁起と読み解いてみました。もちろん、光前寺縁起の背景には、天竜川(洪水)で直接繋がる駒ヶ根と見付(磐田地方)との密接な関係があることは言うまでもありません。というわけで、村人はこれら一連の行為に感謝するとともに、光前寺に大般若経六百巻を書き写して、お礼に奉納するということになります。
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