花咲爺
左は、弘文社(長谷川武次郎)の縮緬(チリメン)本で、明治十八年八月十七日印刷・同年十月一日発行の日本昔噺第四号・英語版『The Old Man Who Made The Dead Trees Blossom(花咲爺)』の表紙です。花咲爺さんといえば、英訳にもあるとおり、枯れ木に花を咲かせるところがクライマックスですから、この表紙は意外です。
当該表紙は、欲深い爺さんが、ポチの死骸を埋めた土地に育った松の木で造った臼を、斧で割って竈で燃やそうとしているところです。まだ、灰が出来ていないので、正直爺さんが枯れ木に灰を撒く前の仕儀です。確かに非常に迫力のある絵ですが、主人公が描かれていない表紙も珍しいです。見方によっては、西欧の魔女が毒薬でも造っているような雰囲気で、外国人には理解しやすいのかもしれません。
次ぎに紹介するのは、明治十八年八月十七日版権取得・同年十月印刷の同じ『花咲爺』の表紙です。こちらは、正直爺さんが枯れ木に灰を撒いて、桜の花を咲かせているところで、私たちが『花咲爺』からイメージする最も自然な構図です。木の下では、人々が、驚きの歓声をあげているところが描かれています。不死、長寿が暗示された目出度い作品となっています。
ところで、同じ作品で表紙がこれほど違うのは、縮緬本の制作が、少部数の職人仕事の積み重ねで行われていることからの帰結と推測されます。したがって、絵の摺り、英文等の刷り、版ごとに適時修正や訂正、変更がなされているのです。これは、大量規格印刷ではなく、伝統的浮世絵の制作がベースになっているということです。
さて、正直爺さんが枯れ木に花を咲かせることが出来たのは、ポチの健気な気持ちの霊験なのか、それとも正直爺さんがもともと有徳の人であったのか、考えてしまいますね。いずれにしても、正直爺さんはただ正直だけではなく、欲深か爺さんからの仕打ちを跳ね返す知恵があります。それが、禍を福となすよう導いていると思えます。
隣人が欲深かったり、意地悪であった時、正直だけでは駄目で、それに打ち勝つ知恵が必要だというのが、実は花咲爺さんのもう一つの教訓なのかもしれません。欲深か爺さんには、知識はあったが、知恵がなかったということでしょう。善悪の分かれ目が、知恵のあるなしであるというのはおもしろい視点です。
この縮緬本の『昔噺』のシリーズは、英訳では‘Fairy’とされています。つまり、妖精です。知恵は妖精から授かるもので、妖精が見えるような無垢な人でなければ、『花咲爺』にはなれないのかもしれません。
それにしても、最初の表紙の方がインパクトがありますね。一種、悪の魅力でしょうか?
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