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安政四年の絵暦

1 左の作品は、一見すると、町人が算盤をする滑稽図とでもいうべきものですが、じつは「安政四年巳の年」の大小絵暦となっているのです。大小絵暦は、月の満ち欠けの29.5日を一月(ひとつき)とする(旧)暦を絵によって表したものです。実際には、29日の小の月と、30日の大の月の組み合わせで作られていますので、大小絵暦と呼ばれます。

 おそらく、日野の吉田軒というお店が、配り物としてお得意などに渡したものと考えられ、下方に町人が算盤をしている風体が描かれており、これがこの大小絵暦の読み解きのヒントになっています。

 数字を拾ってみると、「正、閏五、七、三、十、四」と書かれており、一月(ひとつき)が29日の小の月が、正月、閏(うるう)五月、七月、三月、十月、四月ということを意味しますが、なぜ、このような順番になっているのかといえば、「小正さんちがひ」、すなわち「少々(計)算違い」で、掛け算の「五七が三十五」というべきところが、「五七が三十四」となっているというのです。

 したがって、一月(ひとつき)が30日の大の月は、それ以外の二月、五月、六月、八月、九月、十一月、十二月となります。この年は、五月と閏五月がある一年十三ヶ月の年でした。ちなみに、旧暦では、四月から六月が夏に当たり、夏が四ヶ月ある暑い年ということです。

 町人が算盤するも、計算違いをしたという滑稽さがモチーフになってはいますが、九九の五七が三十五であることを知っていることを前提としているので、江戸の庶民レベルは決して低いものではありません。

 最近流行のおバカトリオ「羞恥心」には、読み解けないかもしれませんよ!

 ブログの形式が改まりましたが、再開することとなりましたので、今年度もよろしく、お願いいたします。

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