裁判員制度
仕事で長野地裁諏訪支部に行ったときのことですが、裁判所の掲示板に「裁判員選任を装った悪質行為についてご注意下さい」という張り紙がありました。内容は、裁判員に選任されたので、連絡の必要上、住所、氏名、家族構成、職業などを教えて欲しいという虚偽の問い合わせがあり、個人情報を聞き出そうとする悪質事例の報告でした。実際、まだ裁判員の候補者を選ぶ段階にはなっていないので、このようなことがあるはずもなく、そもそも、裁判員に選ばれたとしても、裁判所が電話等でこのような個人情報を尋ねることもありえません。
裁判員制度は、刑事司法の場に市民感覚を持ち込み、より公平な判決等を導き出すための方策として構築されたものですが、反対に市民社会の垢にまみれ、不公正な結果に至らしめるかもしれないと危惧しています。裁判官は遠く市民社会から離れた生活をし、ある面では非常識との誹りを免れない部分もあります。しかし、そのための方策として、一気に市民と同じ世界で法的判断を重ねるとするのはいかがなものでしょうか。
市民感覚に富んだ裁判官を養成するための制度が必要です。それがあって、はじめての裁判員制度でなければならないし、現状では「市民」の捉え方が非常に観念的です。「市民」は全体として適切な判断を下すことは可能です。選挙結果などがその良い例です。が、一人一人の市民が常にだれでも的確な判断を下すことはなかなか難しいものです。机に座っている司法官僚の考えた制度なのでしょう。
『市民の浮世絵美術館』を主宰する立場上、また刑事法学者であった経歴からしても、いずれはこのことに触れなければならないと考えていましたので、今後は、もう少し明確に主張していくつもりです。なぜ、『浮世絵美術館』の前に『市民』がついているのかの回答にもなるでしょうから。
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